私たちは、紅毛港保安堂の神々・英霊のご遺族様・ご縁者様を探しています。

このたび、台湾國高雄市、鳳山紅毛港保安堂の特設ホームページ(特別網站)までお越しいただきありがとうございます。
TwitterやFacebookにおきまして、逐次、保安堂の最新情報を提供しております。公式ホームページもございましたが、諸般の事情により現在閉鎖しております。

今回、「特設」とありますのは、ある目的のためです。

SNSをフォローしていただいてます皆様におかれまして、ご存じかと思いますが、2023年8月6日、保安堂の御祭神であります「海府大元帥」、ご生前のお名前は「高田又男艦長(予備大尉)」のご子息、高田鳴海様がお越しになられました。台湾、日本のメディアでも取り上げられました。

この奇跡ともいえる出来事におきまして、台湾日本両国の有志、保安堂内におきまして、一つの大願が立ち上がりました。それは

残り144柱の英霊の身元を探すこと、そしてご遺族・ご縁者を一人でも多く、保安堂までご招待し、英霊とご再会できるようにすること

です。

本特設サイトは、英霊、並びにご遺族情報を収集するために開設されました。詳細につきましては、こちらをご覧ください

小蓬等身大パネル登場~♬

保安堂の隅っこの壁には今から10年前、ぐりあん先生が初参拝し、初めて「38にっぽんぐんかん」を観た瞬間に強烈なインスピレーションを受け、描いた「小蓬(蓬ちゃん)」の絵が掲げられております。

去り際に、柱の向こうに立っていた少女が見えて、ホテルで下書きを描き、後日SNSにあげた後で、当時の保安堂スタッフの目に留まり…そしてそれ以後、ぐりあん先生は保安堂にボランティアとして、「小蓬(蓬ちゃん)」を描き続け、奉納していただいております。

ぐりあん先生は145柱のご遺族を探す計画の先頭に立ち、今年だけでも3柱のご遺族を徒手空拳の状況から見つけていただきました。

そして今回の80回忌に合わせ、ご遺族探しのために、アイキャッチとして「小蓬(蓬ちゃん)」の等身大パネルを制作、奉納していただきました。

下部にQRコードがあり、本特設ホームページ、保安堂ホームページにアクセスできるようになっております。

来年から一体ずつ、「小蓬(蓬ちゃん)」の仲間たちの等身大パネルを奉納し続けるとのことです。

顧理安老師、多謝!!!

第80回 海府大元帥慰霊祭 蓬回忌 

コロナ禍を乗り越え、11月23日、80回忌、海府大元帥麾下145柱大慰霊祭(蓬回忌)を開催することができました。本来は命日の11月25日ですが、日本では新嘗祭(現、勤労感謝の日)という尊い祝日であり、また他廟におきましても、吉日であり、週末であることから繰り上げての開催となりました。

台湾国内全土からだけでなく、日本からも大勢のご参拝客がお越しになられ、バシー海峡において命を捧げた高田又男艦長、麾下145柱の英霊を讃えました。

その後、台湾日本交流の大宴会が保安堂前で開催されました。数日前まで、天候不順でしたが、この日、この夜、まるで英霊の皆様を祝福するかのように快晴、気温もほどよく涼しく、食事がどんどん運ばれ、楽しい歓談が行われました。

ちなみに、ご参加者数は800人弱でした!!!

本堂前では、合気道演武、台湾舞踊、カラオケ、そしてなんと原住民の踊りが披露され、大変な賑わいとなりました!

ちなみにあたしも、たくさんのお菓子をいただきました!(笑)

あれから80年です。

薄れていくどころか、あたしたちを益々深く覚えてくださって、感謝しかありません。何度か申し上げました…「いつまでも覚えてください」…それだけがただ一つのお願いです。

11月23日 海府大元帥慰霊祭 蓬回忌 開催します

来る23日土曜日、午後一時より、海府大元帥の大慰霊祭(蓬回忌)を開催いたします。特別な祭壇を設け、25日に散華した哨戒艇38号(旧称駆逐艦蓬)、高田又男艦長、麾下145柱の英霊に感謝の拝拝を執り行います。

また現在発見されました、三柱(彌五郎丸保大人命、島袋好雄大人命、高江州盛善大人命)の御霊幟を掲げ、時間があえば、現時点で確認されております情報をご提供できればと考えております。

皆様のお越し、お待ち申し上げます。

潮音寺・バシー海峡戦没者慰霊祭実行委員会に表彰状

海󠄀軍大學校󠄁台湾・高雄で外務大臣表彰式 バシー海峡戦没者慰霊祭実行委員会などに表彰状

日本の対台湾窓口機関、日本台湾交流協会は16日、2024年度外務大臣表彰の授賞式を南部・高雄市内で行い、バシー海峡戦没者慰霊祭実行委員会と潮音寺管理委員会に対して同協会の奥正史高雄事務所長が表彰状を手渡した。日本と台湾との相互理解の促進に貢献したことが評価された。

両団体はいずれも台湾の南のバシー海峡で第二次世界大戦中に命を落とした戦没者の慰霊に取り組んでいる。交流協会によれば、潮音寺管理委員会は慰霊施設として1981年に建立された潮音寺を管理している。遺品の管理や展示なども行い、バシー海峡での惨劇を後世に伝えている。慰霊祭実行委員会は2015年に台湾在住の日本人らによって設立。潮音寺管理委員会と共同で慰霊祭を開催してきた。

潮音寺管理委員会の鍾佐栄委員長はあいさつで、真に表彰を受けるべきなのは寺を建立した故人の中嶋秀次さんだと言及。戦時中にバシー海峡で12日間漂流した末に生還した中嶋さんが、救助されるまでの間に聞こえた仲間たちの助けを求める声を30年以上忘れられず、慰霊のために寺を建立したと説明した。

慰霊祭実行委員会の渡辺崇之委員長は、特殊な外交問題などを背景に、日本政府はバシー海峡でのみ慰霊祭を行うことができていないとした上で、同委員会が外務大臣表彰を受けたことはバシー海峡における戦没者が初めて国に認められた証明のようなものだとコメント。バシー海峡の存在すら知らない日本人が未だに多いため、委員会の使命はまだ道半ばだとの考えを示した。

今年の慰霊祭は17日に屏東県の潮音寺で行われたという。(フォーカス台湾より転載)

哨戒艇38号(駆逐艦蓬)、海府大元帥麾下145柱が眠るバシー海峡。保安堂にとりましても、ご縁あります潮音寺・バシー海峡戦没者慰霊祭実行委員会のこのたびの表彰、深くお祝い申し上げます。

表彰式に保安堂も参加いたしました。

バシー海峡に眠る英霊をいつまでも…。

歡迎光臨!政策研究大学院大学ご一行様

2024年11月17日、日本國はじめ、国際政治や政策などを研究し、未来のリーダーを育てる政策研究大学院大学から先生学生研究員の皆様が、保安堂までお越しになられました。

大変お恥ずかしい話、保安堂では存じ上げておりませんでしたが、選りすぐりの日本国政府、現役の官僚、都道府県・政令指定都市の地方公務員が中心となり、政策研究をされ、将来の日本を指導し、周辺諸国との外交を進めるエリート養成校だったのですね!かつて日本にありました海󠄀軍大學校󠄁の現代版でありましょうか。素晴らしい皆様方とお会いできましたこと、光栄であります!

歡迎光臨!宮崎県県庁ご一行様

2024年11月17日、日本國宮崎県県庁ご一同様が保安堂までお越しになられました!

来月2日、台中市と宮崎県が宮崎県台中市友好交流協定を締結するのを機に、より深く台湾國を調査すべく、特別チームが編成され、台湾各地をご訪問、その折に保安堂までお越しになりました!

そういえば、高雄市は熊本県とも協定を結んでますし、これからも多くの友好交流協定が結ばれることでありましょう!どうか何度でも遊びに来てください!

歡迎光臨!全美台湾同郷会

2024年11月17日、アメリカで活動されております在米台湾人団体、全美台湾同郷会が保安堂までご参拝にお越しになられました。

実は13日に台湾まで里帰りされ、総統府など表敬訪問され、台湾各地まで巡られておりましたが、今回、保安堂までお越しいただきましたこと、一同深く感謝申し上げます!

自由なる台湾、それはアメリカ、日本、自由主義諸国の団結があるからこそ実現できます。本当にありがとうございました!

歡迎光臨!金美齡校長先生、世耕弘成議員!

10月15日、亡き安倍晋三元首相と深い交流をお持ちの金美齡校長先生、そして世耕弘成議員が、保安堂までお越しになりました!
金美齡校長先生今年、御年91歳ですが、元気溌剌の強さに一同、ただただ驚きです!
世耕先生におかれましても、日本での議会活動、大変お忙しい中、本当にお越しいただきましてありがとうございます!
1995年4月17日、下関条約締結百周年記念集会より、保安堂と長らくご交流いただいております。

【焚火員 機関兵長】高江州盛善大人命

大正12(1923)年5月20日、沖縄県中頭郡越来村字越来にて、父松榮、母カマの間で、三人兄弟の次男として生を受ける。ここから戦死時、享年21歳。
どのような経緯で帝国海軍に奉職されたのかについて現在調査中であるが、尋常小学校卒業後に佐世保鎮守府海兵団に入団。
この写真の裏に、昭和17年4月21日、「鎮海防備隊」所属と記されている。

長男は若い時に亡くなっており、現在、三男が英霊の位牌(とぅとぅめ)を祀られている。